スピード結婚・スピード離婚(^^;   

私達の事を良く知る人は皆そう思ってる筈。

既に終わった事だから余り夫のコトを悪く言いたくはないし、私はプライドが高い
上に怒ると非常に言葉が汚いので離婚に至った経緯等については夫の立場から
しても言いたいコトは沢山あると思う。 んだけど。それでも。
未だに消えない 「許せない」 キモチ。

コレ、時間と共に消えてくれるんだろうか。。。

2003年、私が31歳半ばだった時に3歳年下だった夫と出会った。
2003年の春に大好きだった人と別れて、4ヵ月後。正直、結婚願望MAXの時だった。

でも。夫の外見は好きだったけど、職業や人間的常識概念(^^; が嫌で、
夫から熱烈な付き合って!のアプローチにも関わらず、「アナタとは結婚を
考えられない」 とか、今思えば結構高慢な態度で、2度程お断りした。

2度、っていうのは断っても断っても 「やっぱり諦められない」 「好きになって
貰える様に頑張る」 みたいな、ある意味シツコイ程の勢いがあって、一旦
「考える」 と答えを保留にし、「やっぱり無理」 といったようなコトを繰り返し
たから。 でも、2度断った後、それでも連絡が来た時に私は 「なんでこの人
こんなにまで私を想ってくれるんだろう?」と幸せを感じてしまったんですよね。

好きだった人と別れて、次に付き合う人とは絶対に結婚したい!と考てた私に、
結婚するつもりで付き合って欲しいと言って来てくれた夫。
外見は大好きなタイプ。うーん、コレって、タイミング的にも、多分運命だろうと。

うん。そー思いました。 で、知り合って3週間で婚約。8ヵ月後に結婚。
私が32歳の時。実際に、思い描いていた通り、離婚騒動になる迄は本当に幸せで。
楽しい2年半でした。

そりゃケンカは時々ありましたけど、別にそんなんは普通どこでもありますよね?
それと、我が家は結婚して半年後から不妊治療を始めて…精神的肉体的苦痛が
多い治療の中で、夫は本当に本当に良く支えてくれていた。タイミング法→
人工授精→体外受精、とSTEPアップする中でしんどさも増して。1回の治療が
40万とか掛かる不妊治療は金銭的な負担も激増してたし、その途中で私の
卵管水腫が見つかって両卵管の摘出手術もした。

どの時も、本当に支えてくれていた。今でも不妊治療のコトに関しては夫には
感謝してる。理解してくれて、協力してくれて。。。彼じゃなかったらあの治療は
続けられなかったと思う。

だから、夫の不満点もあったけど(その話もまた後日) そういう所も夫の精神的
支えでカバー出来てたというか…優しくて、何よりも、誰よりも私の事を愛して
支えてくれる。
それが夫の最大の長所だと思ってたんです。本当に本当に大好きだった。

ハタから見てても 「馬鹿夫婦だなぁー仲良しだよねー^^」 て、良く言われる程。

実際、仲良しだったんですよ。ホント。
相当ラブラブだと思ってました。マジで。

9月末には2人で欲しかった新車を買いに行って、11月には納車される予定で。。。
2人で車が来たらドコ行こうか、とか計画して、愛犬連れて行けるホテル探して
みたり。少し休んでた不妊治療も再開する予定だったけど、そのコトで私の体に
また負担が掛かるのであれば、子供のいない夫婦2人の生活でいい、なんて
言って貰ってた程。

毎日お弁当作って。毎朝夫の出勤前はそのお弁当渡してKissして愛犬と見送って。
ブログとかでも結構普通に普段の夫婦の楽しい会話とかUPしてて。。。
(うーん。幸せだった時を思い出すと今でも涙が出るんですよね)

例えば夫婦仲が悪くて、で、相手が浮気… とかいうケースならまだ納得?出来る
けど、会話も沢山してたし、Hだって普通にしてたし、(オカシイな?と思ったのは
10月頃から急に回数(ヲイ)が減ったってのも理由にあったけど…) TV観る時は
大概くっついて見てて。夫婦だけど、恋人同士。。。そんな感じでした。

だから夫婦として何が欠けてたのか、何が足りなかったのか…何が理由だったのか、
最初はどう考えても全然判りませんでした。

ホント、晴天の霹靂。急転直下。
人間自分の理解を超える事が起きると、体もついて来なくなるんですよね(笑)



・・・って、振り返るとやっぱり長くなるなぁ・・・





続きはvol.3にて。
※本テキストは、2007年に別ブログにて書いたものを、2010年に再度
 転載しております。そろそろ時効かな、と思いつつ。。。